生き辛さ、自分が恥ずかしいという感覚についての考察

どうも、癒湯です。

今回は

慢性的な生き辛さだったり

何故か自分を恥ずかしく感じてしまう氣持ちだったり

毒親育ちならあるあるかもしれない

そんな感覚についての、私なりの考察を記事にしてみました。

なぜこんなに生き辛いのか

なぜこんなにリラックスできないのか

なぜこんなに生きてても楽しくないのか

以下の文章は、ある晩そういうことを考えながら

タブレットのメモ帳に走り書きしたものですが

良かったら読んでみてください。

少しでも解毒の助けになれるかもしれません。

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生き辛さ、恥ずかしさのメカニズム

小さい頃から、親から認められる経験がないと(否定され続けると)

いつまでも自分自身を認められず

社会に出るのが恥ずかしい人間だと思ってしまう。

更に

自分は人から対等に扱われる資格もないと思ってしまう。

(恥ずかしい人間だから)

だから不当な扱いを受けても

正当な怒りを感じることができない。

人としてありのまま受け入れられている安心感がないまま育つと

自己肯定感もなく自分自身を無価値に感じるようになる。

まず土台としての

自分の存在自体に自信がない。

そして自分は恥ずかしい人間なのだという思い込みが

無意識にまで染み付いてしまっている。

だから得意な事などを褒められても素直に受け止められないし

喜べない。

どこかお世辞だったり他人事のように感じる。

試験などでいい成績をとってもまぐれのように感じる。

だからいくら頑張っても満足できず、不安も消えない。

だから遊びや趣味なども思いっきり楽しめない。

存在自体が愛されている(受け入れられている)安心感がない限り

いくら容姿を褒められても

絵や音楽、スポーツ等の才能を褒められても虚しさが埋まらないし

生き辛さを感じたまま。

見事に根深く、「本当の自分は恥ずかしい人間なのだ」という思い込みが

無意識にまで浸透してしまっている。

だからどんなに他人から認められ、褒められても

全部その間違った恥じらいにかき消されてしまう。

だからいつも、漠然と生き辛い。

そして楽しくない。

無意識のレベルから自分を恥じているから。

生き辛さを解消し、楽しくのびのびと生きたいなら

その過剰な恥じらいを誤解なのだと再認識して

健全なセルフイメージを身に付けなおしていく必要がある。

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終わりに

ほぼメモ帳の丸写しでしたが

読んで頂いてありがとうございます。

自分としてはこのメモを書くことで

生き辛さの具体的な原因がだんだん明確になってきて

心がスッキリしてきた感覚がありました。

書きながら氣持ちが整理されていって

・セルフイメージが低くなりすぎてしまった原因

・セルフイメージが低いと何故生きてて楽しくないのか

・本当はそこまでセルフイメージを落とす必要は無かったということ(←これすごく大事)

↑これらをはっきり自覚できるようになった感じがします。

(認められることなく怒られてばっかりだったら

そりゃ自信なんか持てんわ〜。)

そして早くも

これからはもう少し生きやすく、楽しくやれそうな軽やかな気持ちになっています。

自分としてはかなり有意義なメモになったので

少しでも似たような境遇の方のお役にも立てたらいいなと思い

記事にしました。

ではでは、有難う御座いました^^

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